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みかの原 わきて流るる泉川 いつみきとてか 恋しかるらむ / 素人目線で、好き勝手に芝居のことを綴るブログ。
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本日は8月15日、終戦の日です。
その時代を生きたわけではないため、私なんかがいろいろ論じるのは、何となくおこがましい様に感じていつも気が引け、何も触れないままでいました。
ですが、この終戦の日に際して決して何も思わないわけでも、気に留めないわけでもないので、今日は少しだけ勇気を出して、戦争に関連するような話を書きたいと思います。
かなり長くなってしまいますが、お付き合いいただけるとありがたいです。

ギンギラ太陽'sという劇団の『翼をくださいっ!外伝 幻の翼 震電』という芝居を観に行こうと決めたときに、その主役でもある『震電』という戦闘機の存在を初めて知りました。
そしてこの『翼をくださいっ!外伝 幻の翼 震電』という芝居は、中ハシ克シゲ氏という芸術家が長年取り組んでいる『ZERO Project』という活動の一環で、1年ほど前に福岡で開催された震電プロジェクトという活動に、劇団主宰の大塚ムネト氏が参加され、そこから着想を得て上演された作品だと知りました。
この『ZERO Project』というのはプラモデルの戦闘機(主に零戦だそうです)を接写レンズを使って詳細に撮影し、それを写真に焼いてボランティアの手作業で繋げ、原寸の形におこすというもの。(もちろん本質は、単に零戦を作り上げるだけではないのですが、詳しくはZERO Projectへ!)
そして1年前に福岡で行われた『震電プロジェクト』では、約25,000枚にも上る写真を、それこそパズルのように組み合わせていき、ワイヤーでフレームを作って被せ、実際の『震電』を1月半かかって作り上げたということでした。
25,000枚のパーツ・・・なんとも気の遠くなる程の数!
それを完全ボランティアで組み上げただなんて!
(知っていたら、参加したかった!!とこっそり書いておきます;;)

さて、太平洋戦争末期に福岡で開発されていたというこの『震電』。
調べてみると、完成はしたものの実用に間に合わず、大量生産される前に壊されてしまった戦闘機という事がわかりました。
そのためか、ネット上で『幻の戦闘機』などと明記されているのも見かけました。
大量生産される前に終戦を迎えたため、戦争に使う殺戮兵器であるにもかかわらず、たった一人の命も奪うことがなかった唯一の戦闘機・・・。
考えてみると、とても不思議な気がしました。
そして今回上演される『翼をくださいっ!外伝 幻の翼 震電』に合わせて、上演会場でもある福岡市美術館で『震電プロジェクト ドキュメント展』としてその『震電』が1年ぶりに展示されるというのです。
その『震電』を前にしたとき、私は一体、どんな気持ちになるんだろう?
手にしたチケットを眺めながら、期待と不安と恐れを感じながら上演日を待ちました。

8月13日(木)の午後、私は十数年ぶりに福岡市美術館の前に立っていました。
ギンギラ太陽'sの『翼をくださいっ!外伝 幻の翼 震電』の上演があるその会場。
夏の日差しが照りつけているのに、風がどこか爽やかでひんやりとしているのは、美術館がある大濠公園の大きな池を風が渡って吹いているからのようでした。
重厚な濃い茶のレンガタイルが貼られた四角い美術館に一歩踏み入れると、思い出の中の美術館と違い、天井が低くなんとなく圧迫感を感じました。

まず向かったのは『震電プロジェクト ドキュメント展』の会場でした。
会場入口には1年前の『震電プロジェクト』に参加し、今回の『震電』を全くのボランティアで作り上げた参加者が、受付業務や説明役を担ってありました。
私自身もいろいろと、会場でお話を伺いました。
市民ギャラリーD内一杯に翼を広げる『震電』は、想像していたよりもやっぱり大きくて、中が空洞のハリボテ状であるにもかかわらず、どこか重苦しく沈んで見えました。
そうか、私の中での戦闘機って『重苦しく沈んで見え』るイメージなんだなと、ふと思ったりしました。
会場内では1年前に製作されたものだろう、製作風景や様々なインタビューを収録したDVDが流され、白い壁面にはプロジェクト中に撮影されたものと思われる様々な写真が次々と映し出されています。
また、当時の作業の流れなどを纏めていた公式のブログ記事らしきものも印刷されて壁面を飾っています。これを読めば、プロジェクトや出来事を時系列で追っていくことができました。
関わった人々の熱意や想いを感じて胸が熱くなり、『震電』の大きさに圧倒されましたが、さすがに『震電』に親近感や懐かしさを感じることはありませんでした。

そして上演時間が迫り、会場である美術館内の『講堂』へ。
開演直前に恒例の撮影大会が開催され、開演…。
工場や飛行場やバスや新幹線、そして飛行機やもちろん『震電』も擬人化され、不可思議なノリの中で話は進んでいきます。
可笑しくて温かくて、人間味溢れ(モノなんですが)、実に純粋な登場人物たち(モノなんですが)の『人情劇』(しつこいようですが、モノなんですが)が展開されていきました。
地方の小さな工場の意地を見せるんだ!とばかりに無理難題山積みの『震電』開発に心血を注ぐ九州飛行機さんたち(工場)や、皆を気遣い励ます雁ノ巣さん(飛行場)の心優しさや、零戦さんたち(戦闘機)のプライドと体当たりしてでもみんなを守りたいという逸る気持ち、それを諭しながらも戦局を鑑み最終的には苦しい決断をする大刀洗さん(飛行場)など、実際はそんなキレイゴトばかりでない事は百も承知ですが、それぞれに共感する部分があり素直に心打たれ、何度も泣きそうになりました。
戦争は悲惨でつらくて恐ろしくて苦しくて、憎しみや哀しみばかり生む嫌なものだけれど、その下に生きた人々個々は決して大悪人ではなく、血の通った普通の人だったんだよなぁなんて改めて思いました。
これは人事じゃないですよね。
もしその場にいたのが自分であったならと想像してみたとき、同じ過ちを決して起こさなかったとは断言できないのです。
戦争を肯定したり、賛美したりは決してしませんが、事実を事実として知り、過ちを知り、人々の想いを感じ取り、同じことを繰り返さないための道筋を皆で照らしていかなければならないと思います。
なんて、偉そうに言ってたいしたことはできないですが。
せめてそんな気持ちを忘れずにいたいと思います。

そして肝心の『震電』。
所詮戦闘機と思っていましたが、驚きの連続でした。
当時の飛行機としては画期的な戦闘機だったんです。
まずはその形。
大きな主翼が機体後方に付いている上、通常前についているはずのプロペラも一番後ろに取り付けられいます。見た感じ、前後ろ逆の飛行機みたい!
そして高さ。
高度12,000メートルまで飛ぶことができる、つまり空襲時にB29の上を飛び攻撃できるということ。
もちろん速度。
こちらも早く飛べるように工夫されたとか。その結果があの後方に主翼とプロペラが付いた形なんだそうです。
更に強度。
厚い装甲と防弾ガラスを使って、敵の攻撃に対抗できるようにしたことと、燃料タンクを樹脂で覆って攻撃を受けたときの爆発までの時間を遅らせられるように工夫したこと。
また、安全性。
乗員が脱出するときに安全なように、先にプロペラ部分を破壊してから乗員が脱出できるしくみを搭載していたこと。
まさに驚きの連続です。
人の命を使い捨てみたいに使ったり(回天や桜花や震洋や神風特攻隊などなど)、飛行機や船の装甲にベニヤ板や合板が使われていたなんて言われることもあるあの時期に、実用化は間に合わなかったとはいえ、乗員を守る工夫がされた飛行機が開発されていたなんて想像すらしませんでした。本当に衝撃的でした。
そのことを誇らしげに話すまだ開発途中の『震電』
思わず頑張れ!と言ってしまいたい気持ちになりました。攻撃される側のアメリカからすれば、とんでもない事でしょうけれど…。
後半、早くみんなを守れる戦闘機として頑張りたい!という『震電』の気持ちに、結末を知る私は少し悲しくもなりました。
そしてとうとう起こった「福岡空襲」。
みんなを守るはずがいまだ武器すらなく、福岡が爆撃に曝されるのを、ただ黙って見ていることしかできない。『震電』は打ちひしがれます。
それでも雁ノ巣さん(飛行場)や九州飛行機さんの励ましと努力で、とうとう試験飛行までこぎつけ、間もなく正式に生産されることになります。
その最終のテスト飛行の日は8月17日。
その日が来れば、『震電』は晴れて皆も乗員も守れる画期的な飛行機として飛び立つはずでした。
しかし、その2日前の15日、日本は終戦を迎えるのでした。
翌16日には3台あった『震電』の1台が燃やされ、2台は分解してアメリカへと運び出されます。(内1台は途中で廃棄されたとも燃やされたとも)
その1台が、現在もアメリカの博物館の倉庫で、今もほこりを被っているのだとか…。
そしてその機体こそが、プロトタイプだとの噂でした。

『震電』は結局実用化されることなく、人知れず消えていく運命を辿りました。
もう少し時間があればとか、もっと早く完成していればとは思いませんが、希望に燃えていた『震電』の気持ちを思うとなんだか悲しくなりました。
けれどその『震電』の機体開発に使われた技術が、今のバスの車体に活かされている(柱を使わず外側だけでボディの強度を出す仕組み、モノコックボディとか言うらしいです)と終演後に聞いて、『震電』は平和的利用のために生まれ変わったんだな、無駄じゃなかったんだな、良かったなと思ったりもしました。

上演終了後、アンケートを書いて、その足でもう一度『震電プロジェクト ドキュメント展』の会場を訪れました。
人の命を奪うために開発され、結局一度もその使命を果たさず終わった『震電』。
芝居を観て、『震電』の事をより深く知った後に見た『震電』は、どこか誇らしく立っているように見えました。
「戦争中は使命を果たせなかったけれど、戦後、本当の意味でみんなの役に立てたよ」
なんだかそんな『震電』の声が聞こえる気がしたのでした。

8月16日(日)16時30分から、この『震電プロジェクト』のファイナルイベントが行われます。
場所は、福岡市美術館の前。
お時間ある皆様は、参加されてはいかがでしょうか?

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